ソレイユニュース 2019年 10月号
《ユネスコ平和芸術家》という称号をご存知ですか?
ある雑誌に、二村英仁さんというヴァイオリニストについて、素晴らしい記事が掲載されていたので、ご紹介しましょう。
ヴァイオリニスト二村英仁さんは、1998年、ユネスコにより、《ユネスコ平和芸術家》に任命されました。
二村氏は、日本生まれの日本人ヴァイオリニストですが、5歳の頃からその才能を認められ、小学4年から、アイザック・スターン氏の招きで毎夏アメリカに行き、勉強してきました。
そこで名演奏家たちが社会貢献・社会活動を行う姿を目の当たりにし、自分も見習いたいと思うようになります。
その後、藝高から藝大に進学、数々の国際コンクールで入賞し、ヴァイオリニストとして活動しはじめた頃、ユーゴスラビア内戦直後のボスニアヘルツェゴビナの首都サラエボで、現地オーケストラと共演する機会を得ます。
破壊された病院再建のためのチャリティーコンサートでした。
ユーゴ内戦といえば、1990年頃、ソビエトをはじめとする東欧の社会主義の国々が民主化すると、多民族国家だったユーゴスラビアでは、セルビアがその支配力を強め、アルバニア系のコソボ自治州との併合を強行。コソボはこれに反発し開戦。
およそ8年にも亘る、文字通り血で血を洗う民族間の戦いが繰り広げられたのは記憶に新しいところです。
テレビで見る銃弾の跡も生々しく破壊されたコンクリートや石の建物の映像は、私の脳裏にも焼き付いています。
内戦中、砲弾が飛び交う中で練習をし続けたという老人と女性だけになったオーケストラの団員と話したとき、
「若者の分まで弾き続けてあげたい」
という言葉に、二村氏は涙が止まらなかったそうです。
子供の頃から貯金してきた出演料を全て下ろし、現地の社会復帰訓練所へ多数の義手義足を寄付しました。
その後もヨーロッパでチャリティー活動を続け、それらの活動が国連機関であるユネスコに注目され、《ユネスコ平和芸術家》に任命されました。
1999年、イスラエル政府と、アラファト議長をはじめとするパレスチナ自治政府要人に同じ会場に集まってもらい、ユダヤ人とアラブ人の芸術家がステージで共演するというコンサートを各要人たちに聴いていただく、という夢のような企画を立て、イスラエルのペレス前大統領と交渉するため、二村氏はイスラエルに行きました。
ユネスコ平和芸術家申し出とはいえども、そのような企画に両陣営とも賛同する訳はなく、もはや謁見時間切れ、というところで、
「折角ここまで来たのだから、せめて僕のバッハを聴いてほしい」
と提案。
二村氏の演奏を聴いた前大統領は、閉じていた目をパッと開き、
「その夢を何とか実現できるよう働きかけてみよう。君の音楽が世界を平和に導いてくれることを願うよ。」
と発言。
二村氏は、これこそ音楽の持つ力が発揮された瞬間、と思ったそうです。
和平コンサートは、爆弾テロによる緊迫した状況にありながらも実現に漕ぎ着けたという記事を読み、私は不覚にも感動で泣いてしまいました。
平和を目指すには、争いを引き起こす“貧困”を無くさなければいけないし、“貧困”を無くすためには、仕事に就けるようになるよう“教育”が必要、と二村氏は強く語っています。
そう、どのような状況にあっても、“教育”は何よりも大切なのです❗
二村氏が言う“良質な音楽には人の心を変える力がある”というのは、本質を突いた言葉です。
世界の平和を願い活動する音楽家が、益々増えていくことを望みます。
そしてその役割を、世界の歴史に深い傷を持たない日本人が担えるとしたら、本当に素敵なことだと思うのです。