ソレイユニュース 2021年2月号
絵画や彫刻などの美術分野は、先人の作品が、それこそ古代のものから遺っているため、その変遷を知ることができます。
音楽の世界では、エジソンが録音機を発明してから演奏を後世に伝えることができるようになり、音楽の伝承に劇的な変化をもたらしました。
ラフマニノフが自身の作品を演奏した録音も遺っていますし、以前この欄でお話したように、サン=サーンスが弾くショパンのノクターンの演奏も聴くことができます。
クラシック音楽は、先人が遺した作品(楽譜)を読み解き、伝統的な奏法や音楽表現方法を師から習い、先人の遺した録音や同時代に活躍する演奏家の生演奏を聴いて真似る(参考にする)、という3ステップを経てはじめて演奏に至ります。
習い始めの頃は、子どもが親の話し方を真似るように、レッスンで見本を見せてくれる先生の真似をするのが普通です。
成長していくにつれ、真似る対象が先程述べたように他の演奏家たちにも移っていきますが、より深く、より細かく曲にアプローチするために、先生の“言葉”による指導が重要になってきます。
深い勉強をした指導者に習うのは勿論ですが、自分で楽曲分析をして表現の方法を工夫したり、奏法について書かれている書籍を読むことも大切です。
奏法や幼児期のピアノテクニック習得法等について、詳細に書かれた素晴らしい本に出会いましたので、ご紹介しましょう。
『アルド・チッコリーニ わが人生(ピアノ演奏の秘密)』パスカル・ル・コール著 海老彰子訳
アルド・チッコリーニ氏は、1925年イタリア・ナポリに生まれました。
幼児期から音楽院を卒業するまでナポリで教育を受け、その後、マルグリット・ロン国際コンクール(現在のロン・ティボー・クレスパン国際コンクール)第1位受賞後、パリを中心に国際的に活躍。国立パリコンセルヴァトワール教授を長く務めたピアニストです。
この本は、チッコリーニ氏の生涯に沿って話が進んでいますが、年代ごとに自身が受けた指導方法や考え方などが散りばめられています。はじめにレッスンわ受けた先生の指導エピソードもとても興味深いものです。
5歳で初めてピアノの先生のレッスンに行った氏は、小指、4指、3指、2指、親指と、それぞれの指を鍵盤に下ろすだけの練習を1年間させられました。単音から始まり、それができるようになると重音、3つの音、4つの音…、という順で。
レッスンの際、先生から言われたことは、
「きれいな音を出して頂戴❗美しい音をください。表現に富んだ麗しい音の調べが欲しいの❗」
ということだったとか。
それも、先生が満足いくまで辛抱強く何度でも繰り返させられ、そのお蔭で音質を尊重しコントロールすることを早くに学ぶことができたと語っています。
後に、氏が教えるようになってからも、音に対する良い感性を生徒に養わせることに集中しました。
多くの教師が正確に鍵盤を指で打つことに集中させて指導していることを氏は嘆き、音を正確に指で叩くことより“質”が大切で、その壮大な探求の世界の扉を開けてあげることが、レッスンの中で大切なことだ、と説いています。
そのためには、手で鍵盤をつかむ技法や、指先の感覚を養うために布を触らせる方法、第1関節を強くする方法など、様々な習得方法が具体的に述べられていて、ピアノという楽器が、単にカタカタ上下運動で弾く機械でないことを強調しています。
奏法だけでなく、音楽的な演奏をするために、詩人、演劇人、声楽家や弦楽奏者など、いわゆるパリのサロンで活躍した他分野の芸術家たちとの交流の大切さにも触れていて、読んだだけなのに、あたかも上達したような気分にされられてしまう、ヒントに富んだ本といえましょう。
全音楽譜出版社から発刊されています。
是非、演奏の参考になさってください。