ソレイユニュース 2025年11月号
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10月26日(日)、ユネスコ世界文化遺産である富岡製糸場で行われた『青柳いづみこ ゆかりのピアノコンサート』を聴きに行ってきました。
青柳いづみこ氏はピアニスト、文筆家、そして最近はショパン国際ピアノコンクールの記者として活躍されている超マルチ芸術家として有名な方です。
師匠であるピアニスト安川加壽子氏から多大な影響を受け、安川氏の師であるラザール・レヴィ氏ゆずりのナチュラルな奏法で奏でる音色は、空気を孕んでいるような力みの全くない芸術の域。ドビュッシー研究の第一人者でもあります。
音楽雑誌『モーストリー・クラシック』、集英社新書プラス『サラサーテ』に寄稿するため10月3日から23日までポーランドのワルシャワで開催されたショパン国際ピアノコンクールで第1次予選から本選まで全コンテスタントの演奏を聴き(1日7〜8時間に及ぶ日もあるコンクールを1日聴くだけでも疲れるのに、全20日に亘るピアノコンクールを一体何日聴いたのだろう❗)、その直後パリに飛び、翌日と翌々日2夜連続でパリでのコンサートに出演。演奏した次の日にパリを発ち、羽田空港から高崎に直行して高崎泊。その翌日に富岡製糸場でリサイタルを開催するというハードスケジュールにもかかわらず、お疲れを全く感じさせない異次元のリサイタルとなりました。
明治4年、1871年に富岡製糸場のフランス人技師の夫に同行し、その妻エミリが富岡に持ち込んだのがニューヨーク製スタインウェイアップライト『ブードアモデル』。装飾が美しいウォルナット材で作られたアップライトピアノと同じモデルがコンサートのために富岡製糸場に運び込まれました(エミリ夫人はショパンの葬儀でオルガンとピアノを弾いたルフェピェール=ヴェリの娘で、このピアノとエミリ夫人に因んだ曲がプログラミングされていました)。
このコンサートは、典雅な響きの箱型スタインウェイに正にぴったりのクープランの2曲から始まりましたが、自然な奏法が織りなすフランス風の装飾が美しく、その響きに酔いしれる私。前半は夫人の父ゆかりのショパンや父の曲が演奏されました。
今年没後100年のエリック・サティについては、今年出版された青柳氏の著書『サティとドビュッシー 先駆者はどちらか』(春秋社)に詳しいですが、1867年に開催されたパリ万博でサティはルーマニアの音楽に、ドビュッシーはジャワのガムラン音楽に興味を持ち、その後の音楽的展開に繋がったとのお話には興味津々。またピアノの鍵盤に重りを入れて練習したリストに対し、ショパンはできるだけ軽い鍵盤のピアノで弾くようにと生徒に指示していたという対比も興味深いものでした。
ショパンの装飾に対しての見解も新しく、ショパンの弟子たちが書き残した書簡等の研究が進む昨今、ショパン自身は譜面通りに演奏することは殆どなく、即興で装飾を付けて弾いていたのが明らかなっているのにもかかわらず、ショパンコンクールでは装飾を付けることを評価しないのは問題、と仰有る青柳氏。
私が留学していた時代、指揮者ムーティの王国だったミラノのスカラ座周辺では、ベルカントオペラやヴェルディのオペラ上演に際し、原典主義が横行していて、譜面に書かれていない装飾や最高音の付け足しを禁じていたのを彷彿とさせました。椿姫の最高音がなく、慣習によるカットもなしでは別の曲の様相。あのエキサイティングな伝統を禁じたムーティを恨めしく思ったものです。クラシックの世界にも表現には流行があるようで、長く生きていると色々な側面が楽しめるものだということを知りますね。
10月22日のパリ エコール・ジャン・ファッシナで行われた青柳氏のレクチャーコンサート『サティとドビュッシー先駆者はどちらか』では、鴨川孟平も共演させていただきました。もう一つのコンサートでは、サティのフランス語での朗読も務めさせていただいたようで、きっと表現過多だったのでしょう、
「鴨川さんて面白い人ね。」
とは青柳氏の弁。色々な経験を積み重ねながら、表現の幅を広げていってほしいと思っています。
力まないピアニズム、そして溢れる知性、青柳氏のような知性派ピアニストに憧れは尽きません。

