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ソレイユニュース 2026年1月

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皆様、明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い申し上げます。

 

30年を1単位とすると(30年を1単位にする数え方は存在しないが・・・)、私の人生の前半30年は自分のため、残りの30年は自分以外の人のために使ってきました。

 

幼児期からピアノ、声楽、日本舞踊、英会話、家庭教師、水泳、市の合唱団、大人になってからベルリッツでの英語とイタリア語、大人バレエ等多くのお稽古に通い、30歳まで大学、大学院、イタリアとフランスへの留学を通して歌の勉強に邁進してきました。

 

声楽家を目指すようになってからの毎日は本当に充実していました。音楽高校に通い音楽三昧の授業(12月号で詳しく書きましたね!)、週1回、妹のピアノのレッスンに付き添って世田谷までピアノと聴音のレッスンに行き、週1回は音楽高校の先生の自宅で聴音のレッスン。ソレイユが開校してからは、新曲視唱とコールユーブンゲン、そして聴音のレッスン。声楽は、中1から師事していた伊藤京子先生のご自宅レッスンのため原宿に通いました。高2で東京藝大を目指すようになってからは、共通一次テストで5教科7科目を受験する必要があったため、足りない教科(化学)の補習を高校の先生にしていただき、週1ペースで職員室で個人授業。家ではひたすら練習の日々でした。

 

大学に進学してからは、週1回の授業のレッスンに対応すべく毎日の練習に精を出し、教職課程を含めた一般教養の比重がかなり重かったため、心理学、経済学、社会学、法学等の科目を必死に勉強。

 

修士課程では、オペラ科に在籍し、歌と演技とバレエとオペラ実技、歌曲演習、論文という、大好きな専門科目の履修だけの幸せな日々を過ごしました。

 

留学中は、イタリアでもフランスでも発声のやり直しとスパルティートのレッスン(スカラ座の副指揮者による音楽作り)、パリではフランス語の発音を含めたアリアと歌曲のレッスンに明け暮れました。

 

留学を終えた帰国直後、30歳の時に椎間板ヘルニアを発症。8ヵ月寝た切り生活が始まり、それが原因で日本定着。この病気を機に本格的にソレイユで教え始めました。声楽と新曲視唱、幼児期の導入レッスンを担当。出産後は、近隣に乳幼児期の音楽教室がないことから、2つの組織で乳幼児の音楽指導法を習い、0歳児からのクラスをスタート。出産前後に勉強した乳幼児の指導法、母親として経験した子育ての方法、立派に子育てを終えられた先輩方から伺ったノウハウなどをミックスした独自の0歳児教室は、今でも続いていて、このクラスからは沢山の優秀な生徒さんが育っています(東京藝大合格者数名、国立医学部、北海道大学など音楽以外の大学にも多数合格者を輩出しています)。

 

私の帰国を待っていたかのように経営者である母が脊髄小脳変性症を発症。数年の介護生活、乳幼児の育児、そして母の仕事とソレイユ総合音楽教室の経営と、目が回る(実際目が回っていた!)毎日を送った後、母が死去。その後も、日々のレッスン、毎年の藝大・音大受験生の指導と、自分の息子の育児から受験に至る世話の連続の他、講師の先生方や家族のために欠かせない日々の食事作りにも励みました。自分のため、誰のため、という区分もないですが、この30年間は、周りの方々のために命を捧げ、駆け抜けてきた感じです。

 

椎間板ヘルニアで痛みと闘いながら寝ていた時、社会から取り残されて寝た切りの生活を送るくらいならどんなに忙しくてもよいから働いていたい、と神様にお願いしたことが奏功したのか(!)願った通りの人生となりました!

 

自分のための30年、周りの方々に奉げた30年、そして次の30年がどうなるのか、楽しみで仕方がありません。

 

クリスマスコンサート時には大台に乗った記念の真紅のバラの花束を、ソレイユ総合音楽教室の皆様から贈っていただきました。豪華で心温まるサプライズ、不覚にも涙が止まりませんでした。感謝の気持ちでいっぱいです。

 

 

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